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長野地方裁判所 昭和38年(ワ)68号 判決 1967年4月20日

原告 長野県信用保証協会

理由

被告が、被告と丸協間の金沢地方法務局所属公証人名越快治作成第九六、一九七号準消費貸借契約公正証書にもとづき、昭和三六年一〇月一六日本件物件に対し強制執行に及び、同月二六日代金二八万六、三六二円でこれを競落し、執行費用五、八一三円を差引いた二八万五四九円を丸協に対する債権の弁済として受領したことは当事者間に争がない。そして《証拠》によれば、丸協は、その所有の長野県北佐久郡望月町大字協和字天神七、〇三一番敷地家屋番号第四六五番の二、木造板ぶき平家建工場一棟、建坪二四坪および右工場備付けの機械器具につき、昭和三三年四月九日株式会社八十二銀行と、債権元本極度額四〇万円・遅延損害金日歩五銭とする工場抵当法第二条の工場根抵当権設定契約を締結し、同日その登記を経由し、右銀行から融資を受けたこと、本件物件が他の機械器具と共に右抵当権の目的物となつたこと、原告は丸協の右債務を保証したが、右会社が弁済を遅滞したので、昭和三六年七月二〇日前記銀行に対し未払の元利金三四万四、一九二円を代位弁済し、右根抵当権を譲受け、同年一一月二〇日その移転登記の付記登記を経由したことが認められる。

一、《証拠》を総合すれば、被告は昭和三二年一〇月七日竹淵岩太郎に対し、本件物件のうち別紙目録(7)、(10)以外の物件を「代金を五四万八、〇〇〇円と定め、これを被告主張の方法で分割して支払う、代金を完済するまでその所有権を被告に留保する。」との約定で売渡し、次で右竹淵の注文により、右(10)の物件を前同様代金を完済するまで被告に所有権を留保する約束のもとに六万四、〇〇〇円で売渡し、各その引渡をしたことおよび竹淵岩太郎は売買代金のうち、三三万円の支払をしたが残金二八万二、〇〇〇円の支払をしなかつたので、被告は右竹淵および竹淵が代表社員をしていた丸協と相談のうえ、昭和三五年六月二四日右三者間において、被告と竹淵は右(7)以外の物件の売買契約を解除し、改めて被告より丸協に対し右物件を「代金を六一万二、〇〇〇円とし、竹淵岩太郎の支払つた右三三万円を右代金の支払に充当し、残金二八万二、〇〇〇円を同年七月より昭和三六年七月まで毎月一〇日限り二万円づつ、昭和三六年八月一〇日限り二万二、〇〇〇円を分割して支払う、遅延損害金を日歩八銭とする、買主において右割賦金の支払を一回でも遅滞したときは期限の利益を失い、未払代金を一時に支払う、丸協は右債権担保のため被告に対し右買受物件の所有権を譲渡し、被告は丸協にこれを無償で貸与する。丸協は右債務の履行を怠つたときは被告より強制執行を受けることを難詰する。」旨の約定で売渡したことが認められ、右認定に反する証人竹淵岩太郎の証言は前掲各証拠に比照して信用しない。

従つて(7)以外の物件は昭和三二年一〇月頃から二回にわたり売主に所有権を留保する特約で被告より竹淵岩太郎に売渡されたが、昭和三五年六月二四日右売買契約は解除され、同日改めて被告より丸協に売渡されて同会社の所有になり、その売買代金の支払担保のため、同会社より被告に対し譲渡担保として提供されたものである。

原告は、将来取得すべき目的物の上に予め抵当権設定契約を締結することは妨げないから、八十二銀行と丸協間の設定契約による抵当権は、昭和三五年六月二四日丸協が(7)以外の物件の所有権を取得すると共に成立する、と主張する。しかしながら、(7)以外の物件は竹淵岩太郎が被告から、被告に所有権を留保して買受けたものであるから、八十二銀行が丸協と抵当権設定契約をした当時、右物件の所有権を取得すべき条件付権利を有していたのは竹淵岩太郎であつて、丸協は将来取得すべき権利を有しなかつたことが明らかである。そうすれば右抵当権設定契約は、右物件に対してはその効力を生じないものというべきであるから、後に丸協が被告から右物件を買受け、その所有権を取得したからといつて右物件につき抵当権が成立するいわれはない。従つて右物件に対し抵当権が成立したことを前提とする原告の請求は失当である。

二、本件物件のうち(7)の物件は他の物件と共に八十二銀行に対する前記根抵当権設定契約の対象となつたことは先に認定のとおりであるが、《証拠》によれば、そのほかに丸協は昭和二八年六月一日八十二銀行に対する極度額一五万円の債務担保のため、前記工場と共に右物件に対し工場抵当法第二条による根抵当権を設定し、翌二日順位一番の根抵当権設定登記を経由し、右銀行から融資を受けたことが認められる。そして先に認定の如く右物件は、被告が竹淵岩太郎に売渡したものではなく、他に特段の主張立証がないので、丸協の所有に属したものと推認され、有効に右各抵当権の目的物となつたものというべきところ、《証拠》によれば、右一番抵当権によつて担保された八十二銀行の債権は弁済され、貸越契約の解除により、右根抵当権設定登記は昭和四二年三月二日抹消されたことが認められるので、右根抵当権は現存しないことが明らかである。ところで右物件は工場抵当法第二条により工場と共に抵当権が設定されたものであり、工場と共にするのでなければ強制執行の目的となすことをえないことは、同法第七条第二項の規定により明らかであるから、普通債権者である被告が債務名義にもとづきなした前記競売手続は、右物件に対しては無効と解するを相当とする(大正一四年七月三日大審院判決参照)。そうとすれば、被告は前記競売により右物件の所有権を取得せず、右物件は依然丸協の所有に属し、右物件に対する原告の抵当権は存続したものというべきところ、被告が競落後右物件を含めて本件物件を石巻勉に売渡し、石巻がこれを樋沢春男に売渡したことは当事者間に争がないので、同人らが右物件を即時取得したかを調べることにする。

《証拠》によれば、石巻勉は竹淵岩太郎に協力して丸協を設立し、その有限社員に就任した関係上、丸協に使用させるため昭和三六年一〇月三一日被告よりその競落にかかる本件物件を代金三〇万円で買受け、その引渡を受けたものであることが認められるから、同人は本件物件を被告の所有と信じ(7)の物件に抵当権の存することを知らずに買受けたものであることが認められる。そうすれば、石巻の(7)の物件に対する占有は平穏公然に開始され、かつ善意で抵当権の存することを知らず、知らなかつたことについては過失がないものと推定され(無過失の推定につき、昭和四一年六月九日最高裁判所判決参照)、右推定を覆えすに足りる証拠はない。従つて石巻は右物件を即時取得し、これにより右物件に対する原告の抵当権は消滅し、その結果被告は丸協に対する債権の弁済として右物件の売得金を取得し、原告は右物件につき優先弁済を受ける権利を喪失して損害を受けたものというべきである。(当時前記一番抵当権によつて担保されていた八十二銀行の債権が弁済されていなかつたとすれば、即時取得により右抵当権は消滅したことになるが、その後前述の如く、右債権は弁済され、貸越契約は解除されたので、右銀行は抵当権が消滅したことにより損害を受けていない。)そして被告が故意または過失により原告の右権利を侵害したことを認めるに足りる証拠はないが、右は権利のない被告が右物件を石巻に譲渡し、同人がこれを即時取得したために生じたものであつて、《証拠》によれば、右物件の競落代金は四万円であることが認められ、弁論の全趣旨によれば、右代金は全額債権の弁済として被告が取得したものとみるのを相当とするから、被告は法律上の原因なくして右金額に相当する利益を受け、原告に同額の損失を及ぼしたものであつて、反証のない限り右利益は現存するものというべきである。

そこで被告が悪意の受益者であるかを調べると、被告が受益の当初から右代金を取得する権利のないことを知つていたことを認めるに足りる証拠はない。しかしながら本件訴状には、原告が本件物権の抵当権者であることを主張し、その競売代金は原告に支払われるべきものであるとして、被告に対し不当利得の返還請求をする旨記載されていることが明らかであるから、右訴状が送達された翌日の昭和三八年九月二〇日以後被告を悪意の受益者とみなすのが相当である。

被告は、「原告の代位弁済による抵当権の付記登記は、本件物件に対する被告の差押後になされたものであるから、原告は右代位をもつて、被告に対抗できない。」と主張するが、抵当権の移転は強制執行の目的達成を阻害する行為ではないし、殊に右差押は無効なものであるから、右主張は採用しない。

そうとすれば、被告は原告に対し右四万円およびこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日の昭和三八年九月二〇日以降完済まで民法所定年五分の割合による利息相当の利益金を支払う義務がある。

三、原告は、(7)以外の物件につき、原告が抵当権を有しないものとすれば、右物件の競売代金二四万六、三六二円より強制執行費用五、八一三円を差引いた二四万五四九円は原告と被告が丸協に対して有する債権額に按分して分配されるべきものである、と主張する。しかしながら民事訴訟法上、配当要求をすることができる者が配当要求をすべき時期は、すべて目的物の換価手続終了の時期までに限られ、その後は配当要求をなしえないものであるから、被告に対し、配当要求をしたと同様の権利があるとする原告の右主張は理由のないことが明らかである。

四、以上認定の如くであつて、原告の本訴請求は、四万円とこれに対する昭和三八年九月二〇日以降完済にいたるまで年五分の割合による金員の支払を求める限度においてこれを認容し、その余をすべて棄却する。

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